シロさんは退院後、枯葉の溜まった場所で丸くなって寝ていた。 冬の終わりを約一ヶ月間、暖かい病院で過ごしたのだもの、久し振りの外は寒いのだろう。
枯葉の寝床は、面識のない近所の家の裏庭。
でも…あれ?もう3日間、いつ見ても、昼も夜も、枯葉の寝床で寝ているよ?
ごはんを持っていくとそれなりに食べてくれるので、 体調が悪いわけではないのだろうけれど、 傷跡が痛々しく、そして、しょんぼりしてる。ちょっと心配だ。

一晩だけ。今夜だけ、アパートに入れてあげよう。いいですよね?一晩だけ。

猫と過ごす事が初めての私は、誰かに背中を押して貰いたかった。 自分自身に、全てを見ていてくれる神様に(こういう時だけ神様登場)問い掛けてみたら、 いいよって。よし、これで決まりっ!あとの責任は私が持つよっ。(多分…)

動物厳禁の一人住まいのアパート。隣室には大家さん家族が住んでいる。夜遅くに、こっそりと偲び足で、シロさんをバスタオルにくるんで 我が部屋に連れてきた。

『ようこそ、シロさん。ここが私の部屋だよ。暖かいでしょう?』

これが、シロさんと私の生活の 始まりだった。


初めての晩。('97/3/12)
シロさんは ずっとカーテンの隙間から外を見ている。
水も飲まない。緊張した目つき。だけど、一度も鳴かない。部屋の中に興味は ないらしく、匂いを嗅ぎ回ることもしない。ただ、じっと外を見続け、 ほんの少しだけ窓際の椅子の陰でうたたねをした。
静かな緊張感が、シロさんの長年の野良猫のプライドのように思える。 一晩中ドキドキしっぱなしなのは私。シロさんの方が、ずっと大人に見える。


部屋に入れた2日目
ずっと外を見てる
[1997.3.13]

体が汚れてるけど…
構わない
[1997.3.13]


椅子の隅が安心の場所
[1997.3.13]


一晩だけの約束だったけれど…。境界線を越えてしまえば同じだよと、もう一人の私が 許してくれる。もう、どうにも止まらない♪ その翌日も、またその翌日も、夜遅くにこっそりシロさんを抱いて部屋に入れた。
犬派だった私は猫と一つ屋根の下で過ごすなんて夢にも思ってなかったから。 嬉しさと緊張とで、夜じゅう、シロさんの様子が気になる。 部屋のすみっこの、まあるい背中が気になる。 眠りについた毛先が呼吸に合わせて動くのを 眺めていると、一人の部屋がぽかりと温かくなるのを感じた。

『4月に入り、暖かくなってきたから、やっぱり外だけにしようね。いいね、シロさん?』

その決心は、その日の夜にあっさり取り下げ。「今夜も入れて貰えるの?」と言うように、 笑顔で走り寄ってくるシロさんを見たら、 今日は昨日の続きで、今日は明日からも続く、それでいいじゃないかと。
もう、放したくないよ。この心境には、自分でも苦笑い。

シロさんを一緒に世話して下さった皆さんに気持ちを話したら、そんな安心な事はないです、 と喜んで頂けた。よしっ。ここでもゴーサインだっ。
こうして、一人と一匹の半同居生活が始まった。 夜、仕事から帰ったら外でごはんをあげて(20時頃)、 大家さんが寝静まった頃(23時-24時頃)、タオルを持ってシロさんを抱っこして連れてくる。 朝5時に部屋でごはんをあげて、5時半にシロさんをタオルに包んで外のテリトリーに 返す。この内緒の行動は、毎朝会う新聞配達のお兄さんだけが知っている。顔見知りになって、 挨拶を交わすようになって。

1997年3月12日から翌年の5月29日まで、シロさんと私のこの生活が、毎日続いた。